神庭荒神谷遺跡に大国主命の誇りを見た!!

昭和59年(1984)の夏は出雲を知る人々にとって記念の年となった。

神庭荒神谷遺跡の発見である。

銅剣358本、銅矛16本、銅鐸6個が一度に埋められていたという事実に関係者は 舌をまいた。ここから出雲王国の存在がにわかにクローズアップされることにな る。まさに記念すべき年となったのである。

あれから13年が経つ。神庭荒神谷遺跡はすっかり整備され周りに公園までつく られた。派手さはないが寂しすぎるというわけではなく、自然と調和がとれてお り素晴らしい。少々手間取った感もあるが上出来であると私などは思う。

大国主命は八千矛神とも呼ばれている。このことから神庭荒神谷遺跡の大量の 銅剣は大国主命の宝なのではないかという説がある。
この事は何度も言ってきたことであるが、青銅器は海洋民族文化の一つである というのが私の見解である。神庭荒神谷遺跡の青銅器群が大国主命の宝であると すれば彼に航海のための祭祀を行う資格があったということになる。しかしこれ までそのような祭祀を行ったという文献や考古学的証拠はない。今後の発見に期 待するところは大きい。

青銅器だけを残して去っていった海洋民族。かえってその沈黙が何やら無言の 存在感を与えている。そしてそのことを思うとこの神庭荒神谷遺跡も違った風景 が見えてくる。

逝ってしまった無数の民に囲まれて酒盛りでも開きたくなるようなそんな雰囲 気がこの地にはある。

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