神原古墳



  加茂町神原、柳橋の左岸堤防を500mほど下がると神原古墳がある。墳丘の上部に神原神社の本殿が建っていたので、古墳の存在は古くからわかっていたが、調査の手は加えられなかった。ところが赤川の改修に伴い、神社が約50m移転することになったので、1972年(昭和47)夏、初めて本格的な調査が行なわれた。その結果、竪穴式石室があり、かなり副葬品も発見された。そのなかで、三角縁神獣鏡には周縁部に文字が彫られていて、文中に「景初3年(239)」という魏の年号が刻まれていることから、疑いもなく魏の紀年鏡だということで世間の注目を集めた。それは「景初3年」というと「魏志倭人伝」によれば、卑弥呼が魏に朝貢し、その返礼として多くの下賜品をもらった年であり、その中に銅鏡100枚が含まれていたという記述があったからである。加茂岩倉遺跡が発見されるまでは、この銅鏡が大国主命の「つみおきし宝」ではないかとも云われていた。
 現在、出土品は松江市風土記の丘資料館に展示してある。

関連リンク

加茂町公式サイト
: 加茂町の公式サイト。「加茂町へ行こう!!」では加茂町をテレビ画面風に紹介してあり、そこに神原古墳の紹介あり。


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