SideStory 2 Interval
「やれやれ…えらい目にあったな」
部屋の戸を肩で押し開けながら、紫焔はひとりごちた。
腕に抱いた弥勒の身体を、そっと寝台の上に降ろし、小さく吐息をつく。
ここのところ、弥国に会う度に、薬関係のトラブルに頭から突っ込まされている気がする。まあ、今回ばかりは本人も自分の薬のおかげでぶっ倒れたのだから、少しは懲りた………かもしれないが………
「期待はできねえか…」
思わず苦笑が漏れる。意地っ張りの弥国のことだ、やめろと言われれば逆にむきになるのがオチかもしれない。紫焔は、そういう彼の気性を決して嫌いではないのだが……今夜のような事件にそうそう巻き込まれていたのでは、さすがに身が持たない。
つくづく、煌耶が居合わせてくれて幸運だった。準と二人では、とてもではないが延と集のフォローまで手が回らなかったろう。
(そういや、延のやつは大丈夫かな?)
どういうわけだか薬のせいで倒れた後、最近の記憶を失ってしまった延は、掛け値無しに今回、一番の被害者だろう。(なにしろ、そのせいであの怪しい薬をもう一度飲まされたのだから)帰りがけの様子では、記憶の方はすっかりもとに戻っているふうだったが…
不意に、記憶を無くしていた間の延の様子を思い出し、紫焔は微かな笑みを唇に浮かべた。恐らくあれは、数年前の延だったのだろう、どこか子供っぽい表情がやけに印象に残っている。
それにしても、一番たくさん薬を吸い込んだはずの自分が大した影響を被らなかったというのに、何故、延の記憶だけが数年分も巻戻ってしまったのか…?
(待てよ………)
突然、一つの事実に思い当たり、紫焔は眉を顰めた。
寝台で眠り続ける弥勒の姿に視線を向け、考えこむ様子で口元に手をあてる。
…………………もしも、目覚めた時、弥勒の記憶まで飛んでいたら?…………………
(もしかしなくても、俺は、力一杯怪しい男か?)
はっきり言って、問答無用でぶっ飛ばされる可能性は非常に高い。しかも、延を戻す時に使った薬は既に無いのだ。
たらり…………………
紫焔の額に、冷や汗が浮かんだ。
「祈る…しかねえな……」
運命が決するまで、あと数時間……
……ともあれ、それまでは……
紫焔は、寝台のそばに椅子を引き寄せて腰を下ろすと、静かに眠る弥勒の顔を見つめた。
微かに優しい笑みが、紫の瞳に浮かぶ。
「もう一度、出会い直すのも悪くねえ、か……」
その呟きを聞いていたのは、窓の外にかかる、白い月だけだった。
1999.6.20 K.K