10黄建新(ホアン・チエンシン)監督


黒砲事件
デビュー以来,風刺の利いた作品をつくり続けている黄建新監督の処女作。
1983年8月,雨のひどく降っていたある夜のこと。鉱山技師の趙書信が蘇州文物購買部の銭如泉あてに「黒砲紛失 探せ」という電報を打つ。暗号めいた内容に疑惑を抱いた電報局員が公安に通報し,彼にスパイ容疑がかけられ党委員会が調査にのりだすことになった。趙は会社でドイツ人技師ハンスの通訳に付いてWDという大型機械を設置する仕事をしようとしていたが,前回仕事をしたときのハンスとの関係も疑われ,今回はその仕事から外されることになる・・・
主人公の技術者・趙は,あまり風采はあがらないが,まじめで信頼もされるキャラクターとして描かれ,テンポよく展開するサスペンス風ドラマに人間味を加え,なかなか好感の持てる作品となっている。
結局,「黒砲」というのは中国将棋の駒の一つで,趙はそれを出張先の旅館でなくしたので探してほしいという電報を打ったのだったということが分かり,彼のスパイ容疑は晴れる。しかし,趙が仕事から外されていた間,彼の代わりにハンスの通訳をしていた男は技術的な専門知識が全くなく,説明書を誤訳していたために,せっかく完成した大型機械はトラブルが発生し使い物にならなくなってしまった。「黒砲」を何かの暗号と思いこみ,それに翻弄された体制側の猜疑心が原因で会社に多額の損害を与えてしまったという,体制・官僚主義をピリリと皮肉った話である。
趙を通訳から外したり,復帰させるかどうかを決めるのは,党委員会で,その会議の模様はまぶしいくらいの白一色で統一され,会議中,背後の大きな時計が異様に目に着く。これも,何をムダな議論をして時間を費やしているのかという監督の皮肉だろうか?ラストで,大型機械の故障の原因が会社側にあることが分かり落胆する幹部たちの様子をカメラが追うシーンでも,扇風機のまわる音だけが空しく響き重苦しさをうまく表している。
(1985年西安映画製作所/監督:黄建新/2000.11.14video)
スタンド・イン〜続・黒砲事件(錯位)
黄建新監督の処女作『黒砲事件』の続編。邦題は『続・黒砲事件』となっているが,この映画は,将棋の「黒砲」とは何の関係もない。
主人公の趙は,前作での技師から局長に昇任していて,毎日,会議に追われて好きな研究ができないため,自分の分身ロボットを作り,それを会議に出席させることにした。しかし,人工頭脳を持ったこのロボットは次第にご主人様の意向を無視し,勝手に恋人に会ったり通知文書を持ち帰ったりと,好き勝手なことを始めていく・・・
画面には,これでもかというくらい白色を使いまくり,対照的に赤い電話ボックスを置いたり,局長室から出る時に何回も観音開きのドアを開けたりと,黄監督が思いのままに象徴的な映像作りをしている。これら,すべてが,いつもムダな会議をしている官僚に対する批判的なメッセージだろうか?
黄監督の作品中,この作品と前作が少し異色かな?この後,オーストラリアに留学して戻ってきてからは,もう少し人間性を重視した社会風刺的作品に切り替わっています。
(1987年西安映画製作所/監督:黄建新/2001.1.16video)
輪廻
80年代の開放政策の間隙を縫うように輩出した青年像を描く。
(1988年西安映画製作所/監督:黄建新/映画館)
王(ワン)さんの憂鬱な秋(背靠背,臉対臉)
地方の文化館で万年館長代理(副館長)をしている王(ワン)さんの新館長との権力闘争(といっても,のどかなものだが)を通じて現代中国の官僚社会を風刺している。
仕事もできて人望もある(派閥だって形成している)のになぜか館長になれない王さんのところに,新館長として田舎者で文化的にも素人の馬(マー)さんがやってきた。王さんは親切を装っては策を弄し,マー館長に次々と失態を演じさせ,ついに辞任に追い込むことに成功する。
しかし,その後も王さんはまたもや館長になれず,新館長は局長秘書をしていた若い閻(イエン)に決まった。今度は新館長に権限が集中し,なすすべがなく落ち込んでいた王さんだが,父親が一芝居うち,イエン館長を新聞で叩くことに成功する。幹部候補のイエン館長は庶民との感覚のズレを感じ,王さんにも少しはやさしくなったが,王さんはもう自分は館長にはなれないのだとあきらめムード・・・
ところで,王さんの悩みのタネは職場にあるだけではなく,産児制限のために第二子が作れないことから起こる家庭内のいざこざもあるのだった。同居している王さんの父親は,男の孫が欲しくてもう一人出産許可をもらうために,孫娘に水タバコの残り水を飲ませてのどをつぶさせようとしたため,王さんの奥さんは怒って娘を連れて実家に帰ってしまう。王さんの父親は自らの行為を深く反省し家を出て靴磨きをする。父親の,王さんに対するせめてもの償いが,街頭へ靴を直しに来たイエン館長と騒ぎを起こしイエン館長を社会的に追い落とすことだったのだ。父親の作戦は完全には成功しなかったが,実際の中国社会の権力闘争の縮図を見ているようでとてもおもしろい。
いろんな悩みを抱え,疲れ果てた王さんは,ついに入院してしまう。退院した後の王さんは部下がイエン館長の追い落としを画策するのにも協力しなくなる。復讐はむなしいと悟ったのだ。そう悟った王さんにやがて陽が射すことになる・・・
小さな事件を通じて中国社会の問題を鋭くえぐりだす黄監督の手腕には感心する。しかも,それをユーモアたっぷりに描いているので,観ている方は肩もこらず,とてもおもしろい。なかなかイキな作品づくりをする監督だな。そして,処女作『黒砲事件』のような政治寓話的なものから社会風刺的な作品にうまく路線転換したなと思う。
(1994年西安映画製作所・香港/監督:黄建新/2000.11.20video)
張込み(埋伏)
タイトルからして刑事ドラマと思いきや,中身は登場人物の一人一人を細かく描いた,黄監督お得意の非常に人間性に満ちた作品でした。
造船所の警備課に勤めるイエ・ミンチュ(葉民主)は,同僚のイーホンとその家族が惨殺された事件の捜査に協力するため,ティエン(田)課長とともに郊外の廃止駅の給水塔で張込みをすることになった。この任務は,家族にも秘密とされたため,ミンチュは同棲していたバイリン(百林)との関係が気まずくなり,ティエン課長も肝臓が悪いのをおして過酷な仕事を続けようとすることに妻から不満がつのる。
黄監督の映画にはいつもカッコいい主役は出てこないけど,なかなか味のある映画を作るんですよね。夜の張込みが続くため,恋人のバイリンのところになかなか戻れず,バイリンからよそに女ができたと疑われていたミンチュだったが,ある夜,疲れてバイリンの部屋の前に倒れこんで寝ていたところを追い出されそうになる前に,一杯のうどんをもらい,それをむさぼるように食べ,バイリンの疑いが晴れるというシーンでは,「よかった」と心の中で手を叩きました。
一方,仕事まじめなティエン課長は,肝臓が悪いのに検査にも行かず張込みを続けていましたが,妻に無理やり連れて行かれた検査で末期の肝臓ガンとわかってからも,まだ任務を遂行しようとします。
「給水塔の中」という外の世界と隔絶された空間で,いつ終わるともしれない張込みを続けることだけでも,無力感,脱力感におそわれ精神的にも肉体的にもまいってしまうのに,恋人や家族との関係もこじれてきて,二人のイライラはだんだん頂点に達していきます。最後はミンチュが,死んでも任務を遂行しようとする課長の男らしい態度に心打たれ,心配する家族の元に課長を帰らせるという男同士の友情・信頼関係を感じさせる温かい人情味のあるドラマとなっています。(ドラマの結末は映画を見てね)
(1996年瀟湘映画製作所/監督:黄建新/出演:馮鞏(葉),滕汝駿(田),江珊(葉の恋人),牛振華/2001.1.10video)