戦自と、規模が縮小されたとはいえそれでも世界有数の戦力を誇る在日米軍がスクランブルしている間にも、『シリウス』の犯行と放送は続いていた。映っているのはクラーク少佐だけであったが、メンバーは全て黄色人種ではなかった。
「まず、この世から何故新三菱の頭取に消えていただいたかを説明しよう。彼は先日、私たちの入手した情報によると、政治家と暴力団との癒着があったそうだ。国家権力の方の網をうまくくぐり抜ける自信があったらしいが、私たちは立憲や起訴などの森を回りくどく道を開拓しながら進む気は一切ない。ハイウェイを一気に赤いフェラーリで飛ばすのだよ」
 クラーク少佐の弁舌はほとんどが演技であった。わざと嫌みったらしく喋っているのである。喋っている内容だけ聞いていれば、正義の味方なのか悪の化身なのかよくわからない。少佐はそれには一切構わずに、
「先ほど銀行爆破の時、一番最初に中継を始めたテレビ局のコンピューターに証拠のファイルを現在アップロード中だ。ここで公表の手間は省くが、そちらの局が放送してくれるだろう」
 第3新東京市の中でも一番地価の高い土地の一角に、新三菱信用金庫は本店を移転するために、仮の店舗として業務を開始したばかりであった。今日はまだ支店であったが、遷都に合わせて本部を移すつもりでいたのだが、経営陣の頭を悩ませたほどの巨費を投じて建築された50階建てのビルは、木っ端みじんに吹き飛ばされ、周りにあった建築物も甚大な被害を受けた。このとき、突然巻き起こった爆風の直接間接の被害を受けて、死傷者は1000人にものぼった。
「我々に主義などない。右も左も関係ない。あるのは社会の悪に鉄槌を下すことである。ああ、あと、ちょっとの金だが」
 などと嘯いているが、嘘をついているのは明らかである。金を必要としているのは活動資金もあるだろうが、と軍事アナリストは分析して見せたが、司令と呼ばれた男は一笑して、
「だから専門家や評論家と名乗るもの達は無能もの揃いだと陰口をたたかれるんだ」と、司令は斬って捨てた。
 テレビ中継が終わったところで、セットから下りてくるクラークに、
「少佐、私は仕事があるので先に行く。ここからの全権を君に託す。しっかりやり遂げてくれ」
「はっ」
 と、蛇と形容しても構わないような顔で司令は告げ、スタジオから出ていった。クラークは直立不動でその場から動けずに見守るだけであった。







Neon Genesis EVANGELION
Please,Never ending dream

EPISODE:5 "Air"







 16時20分。
 加持は帰宅し始めた生徒達やその親からこの事件についてコメントを集める一方、まだ校内をうろついていた。何かを計っているようにも見えるが、実際の所は目を細めて何を見ているのかはわからない。
 葛城ミサトはなるべく彼を視界にとらえないように努力しながら、職員室で電話に手を伸ばしていた。教室で待機しているのは、シンジ、レイ、アスカ、トウジ、ケンスケ、の5人。彼らの親はいずれもゲヒルンがらみで、連絡を入れたときから彼らは遅くなるのは目に見えていた。ゲヒルンは曲がりなりにも国連の諮問機関であり、そこで働く職員達は国際公務員である。そう簡単に早退などはできないのだろう。
 今日3度目のこの電話では、応対している人物も、
「一部の子持ちの職員は退社し始めました。車を持っていない場合はタクシーなどを準備しているので少し時間がかかってます」
 と、つっけんどんに電話越しで喋っている。ミサトは怒る気にはなれず、わかりました、とだけ言って電話を切った。
「ふぅ」と溜息をつく暇があらばこそ、すぐに電話のコール音が響く。
「もしもし」
「ミサト? そこにマヤはいる?」
「マヤちゃん?」
 内線の相手は理科準備室にいるとおぼしきリツコからだった。ミサトの斜め前に、マヤは所在なさげに頬杖をついてノートパソコンを覗いている。
「いるわよ。かわる?」
「必要ないわ。日向君と青葉君、それにマヤとあなた、ちょっとここまで来て」リツコはそれだけ云うと、一方的に切ってしまった。ミサトは半瞬呆然と受話器を握っていたが、少し怒りが沸いてくる。自分のことを話すのが嫌いなのはわかるが、それはあまりにも一方的すぎだ、と思ったのだ。が、一応友人の頼みである。コーヒー一杯と愚痴のいくつかでチャラにしてやることにして、と考えてからマヤの後から声をかけた。
「マヤちゃん。先輩からラヴコールよ」
「はぃ?」
 目を丸くしたマヤをとりあえずおいておくことにして、ミサトは将棋を指していた男性2人組にも声をかけた。伊吹マヤ、青葉シゲル、日向マコトはこの学校で講師をしている人間だが、教諭ではないので特に責任も仕事もない。しかし、生徒が帰る前に自分たちが帰宅の途につくことはできないので、仕方なく職員室で時間を潰していた。暇そうな顔で、暇がないとできないことをしていたのも当然だろう。
「王手!」
「あ、まて、」
「あ、葛城先生。何でしたっけ?」
 シゲルが掴みかかろうとするマコトの頭を押さえつける。
「金髪のオネーサマからの直接のご指名よ。よかったわね〜」
 少しシゲルの顔が引きつった。が、すぐに冷静さを取り戻して小首を傾げた。
「あ、日向君。君もね」
 尚もシゲルの髪をつかもうとしているマコトの腕がようやく止まった。油の切れたブリキのおもちゃのように、ギギギ、と音がしそうな動きでミサトの方に首だけを向ける。
「僕も?」
「ええ、あなた達2人も」
 ミサトは苦笑した。リツコの評判が、このあたりの反応でも明々白々の様な気がした。
 冷徹な女、か。と独白してみる。
 最後に「表面だけ、ね」と付け加えた。










 心持ち足取りの重い青年2人の前を軽い足取りでマヤとミサトは廊下を歩いていった。
 なんで呼ばれたんでしょう、と頭の上に幾つもはてなマークを浮かべつつマヤは隣の女性に尋ねるが、ミサトもまた、考える顔になるがすぐにわからない、と答える。
 ミサトがノックもなく理科準備室の扉を開けると、中から涼しい風が外へと漏れだしてきた。普段は相当なことがない限りつけられないクーラーが、ギンギンに機能全開で働いている。これは何かやっているわね、とすぐにミサトはわかった。
「リツコ、呼んできたわよ」
「ああ、ありがとう。4人ともこっちに来てくれる?」
 リツコは机の下でなにやら配線をいじっているらしく、屈み込んだままの体勢でミサト達に後ろ姿を見せたままだった。白衣にかかったホコリを払いながら、リツコは立ち上がると皆を一瞥し、
「今からあなた達の頼みたいことがあるの」
 と、温和な顔で云った。しかし、マコトとシゲルにすればそれが不気味で仕方がない。
「は、はぁ…」
「どういうことですか?」
 男達の情けない返答を後目に、マヤは尊敬する先輩に真剣に聞き返した。
「これ、よ」
 リツコは片手でポンポン、とディスプレイの上部を叩いて見せた。ますますワケが分からない、と皆の不思議と疑惑の二重奏がリツコの瞳に映し出された。
「青葉君、君は左に、日向君は正面に座って。マヤは右の机よ」
「アタシは?」
「ミサトは今はそのままでいて」
 顔は相変わらず穏やかであるが、声には真剣さが過分に含まれていた。ミサトは茶化す気にもなれず、ただ頷いてリツコの隣に立った。他の3人も首を傾げながらもそれぞれのディスプレイに座った。
「マヤ、あなた前私があげたノートパソコンまだ持ってるわね?」
「もちろんですよ。センパイからもらったもの、捨てるわけ無いじゃないですか」
 マヤは下げてきた肩掛けの鞄からパソコンを取り出して満面の笑みを浮かべる。リツコが譲ったときと唯一違うのは、猫の顔のシールが貼り付けられているくらいだろう。
「それに机の上にあるケーブルをつないでくれる? それで全部準備は整うわ」
「で、なーにを企んでるわけ?」
 ミサトが好奇の視線をマヤの作業に集中させながら、声で親友に尋ねる。
「これが答えよ」
 リツコが白衣の中からリモコンを取りだし、スイッチを入れる。そして、すぐにディスプレイには使用されるコンピューターの名前が現れた。リツコ以外は揃って声を飲み、目を皿のように丸くして目を離せないでいた。本物かどうかが見分けがつかないのではない。おそらく、どうしてなのか、が判らなかったのだろう。
「MAGI……SYSTEM……」
 黒の画面にその文字だけが、くっきりと浮かび上がっていた。
 座った3人は、自分たちの周りのフォログラフの画面が展開されていることに、しばらく気がつくことはなかった。ミサトは呆気にとられており、リツコはやや苦い顔でその点滅を繰り返すアルファベットの羅列を見つめていた。










 彼は酔っていた。
 もちろん、アルコールなどではない。何処の国にも存在しない階級章が「少佐」という彼の身分を示している為でもない。ロジャー・J・クラークにとっての天敵に近い存在が目の前から姿を消したために、自分の使える権力と責任の重さを痛感していたからこそ、自らの任務に没頭していた。
 部下に命令を下すとき。
 自分で何かをするとき。
 今までならこの2つ以外に「命令を受けるとき」というもう一つのパターンが存在したが、今はそれが消え失せ、この場では仮とは云えども彼が最高責任者なのである。
「赤木博士が目を覚ましました」
「よし、お連れしろ。客人として丁重に扱えよ」
「はっ」
 そう報告しに来た部下に言葉を返したときでさえ、今までなかった感覚に身震いしていたのである。
 先ほどテレビに向かっておこなった演説が、彼の心理的高揚をより高めているに違いない。おそらく彼自身は気が付いていないだろうし、彼の部下の兵士達ですら、外見上はいつもと変化のない彼の上司の内面的変化に反応していなかった。それよりも、兵士達にすればやらなくてはならないことがあったのである。
 クラークはテーブルの傍らのイスに座りながら、広報担当の兵士と次の打ち合わせをしていた。血色がよく見えるアーリア人系アメリカ人の彼の顔は、普通に見ればダンディズムの似合う中年男性のものだっただろう。しかし、この時は野心に燃える新鋭政治家のような顔つきでもあった。
 彼の青みがかった瞳に1人の日本人女性が捉えられた。その女性は年の頃50ほどの知的な顔つきである。もちろん、クラークは彼女がどういった人物か熟知していた。作戦に支障をきたさぬよう、一端軽い麻酔をかけて眠ってもらっていたのである。
「ミズ・アカギ。この度は大変無礼な手段で招待したことをお詫びしたい」
 日本語検定でも1級がとれそうな完璧な発音の標準日本語でクラークは女性に一礼した。同時に、彼の頭の中には彼女の数々の功績が年代順にデータベースから引き出され、整理されて一覧になって表示されていた。彼女が得た名声と賞の数は国際的なものですら100を軽く超えている。国内では幾つになるのか、アカギと呼ばれた彼女本人でさえ覚えていない。
 しかし、クラークはそれを全て挙げることができた。彼の才能の一端である。人物のデータを全て記憶する能力。
「こちらこそ大変楽しいショーを見せていただいておりますわ」
 殺人の現場をショーと云いきって、彼女は冷笑を浮かべる。冷ややか以上のものが、赤木ナオコの目に浮かび上がっていた。言葉に置き換えれば「侮蔑」であろう。殺人者である目の前の人種を猿以下だと、彼女は尋ねられたら即答するタイプの人間である。先ほどの司令と呼ばれた男に向けられたときよりも丁寧な口調こそが、彼を見下している証拠なのである。
「それで、私にこれ以上何を見せたいのかしら?」
 人が惨殺される現場を目の前で見せられても顔色1つ変えない赤木博士。鼻白んだのは、むしろ彼女をココまで連れてきた青年兵士の方であった。彼の価値観では、女とは、目の前で誰かが殺されればヒステリックな金切り声を上げながら、慌てふためき逃げだし泣いて助けを乞うはずであったのだ。しかし、目の前の科学者は腕を組み、胸を張ってクラークを見下していた。拘束されていないのは、彼女が突然暴れ出したり、考えもなしに逃げ出そうとしたりしないだろうと、司令と呼ばれていた男が判断したからである。
 クラークは司令の予見の正しさを直前に本人を迎えることで目の当たりにしていた。彼女は目が覚めるまで、暴行を加えられたわけでもなく、目が覚めてからも慌てふためいたりはせずに、待機していた兵士にココは何処で現在の日付と日時を尋ねた。抵抗する無意味さを、彼女は知っていたからだろう、まったく彼らに刃向かおうとはしなかった。
「ショーです」
「まだ誰かを殺す気?」
「天才のお言葉とは思えませんね。いささか考えが短絡的すぎます。誰も『人を殺す』とは言っていませんよ」
「じゃあ、誰も今から死なないのかしら?」
「それはお答えしかねますな。私たちの行く手を阻もうという知能の足りない輩でも出てこない限りはそうなるでしょう」
 つまり、まだやることがあるということか。赤木ナオコは冷笑を絶やさずにクラークを見据えている。
「では、そのショーは私が楽しめるものかしらね」
「ええ、もちろんです。世界中の人間が注目するショーになりますよ」
「強制的、と言葉を置き換えるのね。少佐、日本語を勉強し直していらっしゃい。この国では1つの放送で見ることを強要させる行動を『注目』とは言わないのよ」
「私たちは視聴者に見る見ないの選択権を与えています。世界と同じ時を共有するのも自由、小さなコミュニティーで時間を費やすのも自由。強制的ではありません。テレビの電源を落とさないことで、見る意志表示をしているわけですから。それはいずれ数字になって表れますよ」
 クラークはニヤリ、と見るものに嫌悪感を与える笑みを口の端に浮かべた。ナオコはあえて指摘しなかった。与えている、と断言するところに傲慢があるのだということに。そして、それを云っても無駄だということに。
「それで、そのショーはいつ始まるのかしら? 私は以外と気が短いのよ」
 クラークは腕時計で時間を確認する。
「そうですね、あと……2時間後、午後6時半頃でしょうか」
 隣で先ほどから討議していた男も頷いている。それから、彼にメモが渡され、それをクラークに耳打ちで伝えた。
「私はこれから断罪裁判を行わなければならないので先に失礼させていただきます。時間まで紅茶でも飲んでおいて下さい」
「水腹にならない程度の時間で済ませていただけるとありがたいわ」
「配慮しましょう」
 立ち上がったクラークは、力強い足取りで彼女の前から立ち去った。心持ち右肩が下がっている、と彼の背中を見ながらナオコは思った。










 その男、クラーク少佐がテレビのブラウン管や液晶の前に姿を現しただけで、視聴者達は身を固くする思いだった。
「次に、断罪を行う」
 まるで権力を握った予言者のような口調であった。テレビカメラがスタジオのセットを左右に行き来するクラークをゆっくりと追う。
「被告はこの街では権力者の地位にある。社会的ステータスでは代議士。ココまで言えば聡明な視聴者は既に理解していただけていると思う」
 画面の外から蹴飛ばされるようにして1人の中年男性が転がってきた。骨格の周りを過剰に脂肪で包まれた肉体を保有する、見るからにクラークが発するモノとは別の嫌悪感を抱かずにはいられない日本人の男性であった。あつくもないのに脂汗を額中に浮かべ、サラリーマンの平均的月給を遙かに凌駕する価格のオーダーメイドのスーツも、全部絹のシャツも自らの汗と、飛び散ってきた他人の血液と、血に這わされたことで付いた泥やホコリなどで台無しになっている様が滑稽である。
 恐怖でおびえきった顔など今まで有権者に見せたことも無かったはずである。傲慢と欲望で生きてきた男が有権者に見せていたのは作った笑みでも甘い汁のおこぼれでもなく、死刑台の前で無罪を泣き叫ぶ罪人の顔であった。
「彼の犯した罪は、今まで日本政府が憲法と法律の名の下に裁くことが出来ても証拠をつかめずにことごとく起訴されなかったものである。大小合わせてその数は3桁を超えるのだ」
「う、うそだっ!」
 醜い政治家はそれでも無罪を主張し続けた。
「なら君に訊ねよう。君が無罪であるなら何故そんなに慌てなくてはならないのだ? 清廉潔白であるならば胸を張ってイスの上でふんぞり返っていればよかろう」
 冷たすぎる冷笑をその男にクラークは突き刺した。政治家の男はクラークの顔を見ただけで気を失ってしまいそうなくらいに顔の色を失っていた。
「我々は民主主義という巨大恐竜のような制度では裁ききれなかった罪を罪人に償わせてきた。見せしめの意味も込めてな。鈍重な法律や憲法などには意味がないということを市民は知ることになっただろう。君は不幸な日本マフィアのボスが銃弾に倒れたことを知っているかな?」
 代議士は銃口を眉間に押しつけられたわけでもないのに泣きそうな顔になった。もちろん彼はそのマフィアのボスと呼ばれた人間をよく知っていた。ただ知っていたのではなく、誰よりもよく知っていたのである。
「あともう1人、君は重要な人物が脳裏に浮かんでいるはずだ。先ほど不幸にもテロにあった新三菱信用金庫の頭取ではないかな?」
 肉食獣が殺す前に草食動物を弄んでいるように見えた。クラークは楽しげに、政治家の男は青ざめてもはや立つ気力も反論する気力も無いらしく、項垂れるばかりであった。
「癒着談合賄賂。これらは1つ1つでも罪は重い。そこに君は買収と殺人のリストを新しく作ったわけだ。契約書はさしずめ、自分の秘書の血で書かせたのではないかな。自らの肉体を刃物で傷つけることなど、彼には出来るはずもない」
「しょ、証拠がない……」
「そこが日本の司法とは違うところだよ。私達はちゃんと証拠とやらをつかんでいるが、そんなモノはなくても断罪するのだ。罪を犯しながら全て紙一重でかわしてきた君の政治力と技量には敬意を表そう。しかし、いつかは暴かれ失脚するのだよ」
 クラークが迷彩服のポケットの中から取りだした一枚の紙片を代議士の前に押しつける。その内容はカメラには映されなかったが、慌てた政治家がはってでも逃げようとする姿から、万人が彼の言う「証拠」を嫌が応にも見せつけられたのだと悟った。
「全てを投げ出した君に残ったただ一つのものを、私が君にあげよう」クラークは無造作に拳銃を取りだし、無造作に一発の弾丸を放った。
 放たれた鋼鉄の鏃は肉塊の、巨体を揺らして逃げまどうその男の後頭部の中心へと吸い込まれ、対辺から頭蓋骨に包まれていた内含物をまき散らしながら床タイルの中に突き刺さった。
「いま、世界中のマスコミにこの男の罪の全容をファックス、もしくはコンピューターにて転送している。確認してくれたまえ」
 それだけ言い残し、彼はカメラの前から姿を消した。後には、死臭の伝わらないモノとなった肉のかたまりが転がっているだけだった。










 第一中学に夜の帷が覆い被さってきていた。1番星は遠い前の時間になり、1000番星をも数えることが出来そうな時間帯だった。
 不安を抱いている人間は10人程度、まだ校舎の中に残っていた。教員を含めても20人程度はまだ帰宅できずにいる。碇シンジ、惣流アスカ、綾波レイの三名もその中に含まれていた。彼らの親がまだ迎えに来れないでいる。
「おっそーい」
 アスカは行儀悪く、両足を机の上に投げ出しながら窓の外を見てぼやいた。
 迎えに来るとの連絡はあったが、幹線道路は未だに渋滞が続き身動きがとれない車が多い。おそらくその中の一台になってしまってるんだろう、シンジは思った。
「まあまあ」
 シンジの声は少しこわばっているが、これは昼間からずっと続いている。人が間接的にとは云えども、殺される場面を見たのだから無理もないだろう。シンジが見た画面はカメラの液晶であるが、それが今持ち主の手を離れてレイの手の中にある。帰る前に「情報源だから」と貸してくれたのだ。ケンスケは車の中でラジオを、家に帰ってテレビを見ることが出来る。シンジ達が早めに帰れそうもないと彼は思ったのだが、それが的中してしまった今現在ではまさしくありがたい情報源であった。教室にテレビやラジオなどのメディアなどあるはずもなく、あったとしても勝手に見ることはかなわないのだから。トウジ、ケンスケ、ヒカリの三人は幸い何とか帰宅の途につくことができた。
「レイ、何か変わったことは?」
 アスカが背後の棚に片手を伸ばした。今彼らは図書室にいるが、教室では暇すぎるという理由からミサトに勧められたのだ。「本でも読んで暇をつぶしてて」という配慮だった。アスカの伸ばした手は文庫本に届きそうで届かない。
「ないよー」
 レイも間延びした声だった。今日何度目かの質問に同じ答えを返したのだから飽きがくるのももっともなのだろう。手のひらの中でビデオカメラをクルクルと回しながら液晶に視線を注いでいた。アンテナが一定の間隔で机のベニヤを叩く音がする。
「ミサト先生とかリツコ先生、あそこに籠もってなにしてるんだろう?」
 シンジがぼそっと呟いた。あるいは独り言かもしれない。あそことは理科準備室のことで、ミサトが時々出たり入ったりしているほかには特に変わったことはないが、職員室で待機していないというのも変な話だなと、その程度にシンジは考えていた。
 リツコ達がやっていること。それはシンジはもちろん、やっと手の届いた文庫本をぱらぱらとめくっているアスカや、ビデオのファインダーを覗いたりしているレイには想像もつかないことだった。




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