押し寄せる人の波は止まることを知らず、人海となって中心部へとその膨大なエネルギーを集中させようとしていた。彼らの目指すは赤と白の電波塔がひときわよく見える建築物。
 集団心理によってかどうかはわからない。
 しかし、確実なことが1つだけあった。

 この夜、この場所へと集結していた人間は20万を越したという以上事態が引き起こされたという事実である。










 ウトウトしていたシンジが目を覚ましたのは、アスカの悪意でもレイのイタズラでもなく、彼の頭を支えていた腕が滑って彼の顎が空中に投げ出されたからであった。
 飛び起きるように目を覚ましたシンジが隣を見ると、自分の向かいにアスカが、左隣にレイがコクリコクリと舟を漕いでいた。
 時計を見ると21時。
 あれからどうなったんだろう。
 父さんや母さん達は無事なんだろうか。
 もう遅い時間だし、少し心配だな…。考えすぎても、思考がマイナス方向にしか向かわないだろうと思い、それ以上の心配をしたりしない方がいいと思い直すシンジ。
「ぅー……ん……」
 レイの顔は、寝顔とはいえ幸せそうだった。いい夢でも見ているんだろうな、とシンジは思った。
 現実の世界の緊張は、目を覚ました時点から始まる。
 それまでの僅かな時間くらい、自分も逃げたっていいじゃないか。
 まぶたがまだ少し重い。
 大きな欠伸を1つして、シンジはまたウトウトし始めた。
 彼の寝息が聞こえてくるまで、5分もかからなかった。
























EPISODE:6 Asleep : With Still Hands
























 おかしい。
 ミサトの直感が警報アラートを大音量で鳴り響かせていた。
 彼女がそう感じた原因は目の前にしている一枚のフォログラフ・ディスプレイである。空中に浮かんだ文字と地図とを交互に見比べ、時には拡大したり縮小したりしながら、もう15分以上も睨み続けていたのだが、言い知れぬ不快感が彼女の首筋のあたりを通っていった。
 それを感じたとき、大体において悪い予感は的中するのである。昔からの、一種の予知なのかもしれないとミサト自身思っている。
「どうしたの?」
 友の青い顔を、リツコは一瞥しただけで作業を続けている。
「え、」
「どうしたのかって聞いてるの。ボーっとしてたわよ」
「あ、ゴメン」
「それで?」
「ちょっとイヤな予感がしただけ。多分大丈夫よ」
「どんなふうに?」
 云うべきかいわざるべきか、一呼吸分ほどミサトは迷ったが、観念したように言葉を紡いだ。
「ここに来そうな気がしただけ」
 冗談めかしたつもりだったが、ミサトの声が力無かったせいもあるだろう、一概に皆の表情は硬かった。マコトなどは無理に笑おうとして、顔が引きつっていた。
「またー、冗談ばっかり」
「そうっすよ。冗談にしてはキツイですよ」
 マヤとマコトの一言で、少しだけ空気が和む。自然にミサトはマヤに微笑み返していた。マコトは肩を落とした。
 だが、ミサトの警戒のランプは黄色からレッドシグナルへと徐々に切り替わっていく。
 彼女の視線上には先ほどのディスプレイがある。
 テロリスト達が逃走を考えるなら、空か陸上のどこかを通るしかない。交通の要所を避け、人の波に飲まれず、スムーズに撤退を考えたとき、テレビ局から第一中学付近を通って山を抜けるルートがもっとも地上で適しているように思われた。確信などはない。大きくなくとも、逃げやすそうな道などいくらでもあるのに、何故か『シリウス』はココを選びそうな気がした。
 リツコはまたミサトを冷たく一瞥し、自分の仕事を黙々と続けていった。










 混沌とした空気が司令部のテントを覆っていた。奇妙な静寂がそこにはある。定期的な報告と機械音だけが音を発生させていたが、その他には声らしきものは一切なかった。
 嵐の前の静けさ。
 この時間を重たく感じた人間はそんな思いに捕らわれた。
 その静寂を破ったのは司令長官たる人間だった。
「竹中一佐」城山は副官の名を呼んだ。
「はい」
「戦闘……とは何であるか、竹中」
「ハッ、我が意志達成を敵に強要することを目的とした実力行使であります」
 突然の質問にも竹中一佐は淀むことなく、間髪入れずにそう答えた。
「では、私達は今何をしようとしている?」
「戦闘ではないでしょうか」
 城山は少し伸びてきた顎髭をなで回した。副官の答えは明確だが、釈然としないモノがある。
「そうだ、戦闘だ。戦闘には明確な意志が込められている。だが、対峙する敵には、その目的が感じられん」
「ただの狂信者、もしくはテロリストではないのですか?」
「ならいいのだがな……」
 城山はそれ以上深く云うことを避けた。マニュアルに乗っ取ったエリートの答えをした竹中一佐だったが、部下には伝わらなかったか、という思いのほうが強い。狂信者やテロリストには思想がある。だが、今テレビの中にいる人間たちはどうか、と思えるのだ。
 しかし、敵は無秩序に見えて、実は整然とした行動をとっているように思われた。赤木博士の誘拐、銀行頭取の暗殺、ある議員の公開処刑、それらを結びつける意図のようなものがあるのではないか、ある時ふっと思ったのである。しかし、それは今現在推測の域を飛び出してはいない。とにかく、市中の事態次第だろう、と思う。市民達を街に集めるというこの行動が何を意味するのか、城山には予測できた。
「待っているのだ…」
「は?」
 竹中がオウム返しに城山のほうに向き直る。だが、城山はなにやら一瞬考え込むと、立ち上がって、その低いバスで竹中に尋ねた。
「現在の各部隊の配置状況を再報告せよ」
「ハッ、第一第二大隊がテレビ局の回りに配置、第三から第六までがそれぞれ順に、市街地の北東南西に配置されております。予備戦力として第七大隊が待機中です」
「では、現在松代に待機する第八第九大隊、並びに第七大隊に通達。現時刻を持って第3新東京市から外部へと向かう交通手段を全て閉鎖、配置完了までサンマルで達成せよ」
「ハッ!」
 それでも万全ではない。
 竹中の復唱を聞きながら、城山はそう思った。
 クラーク少佐。
 彼の顔は何処かで見たことがある。
 痩せた神経質ような顔。
 そして、その強い光を煌めかせる禍々しい瞳には、確かに見覚えがあった。










 ミサト、城山両名の漠然とした予感をはっきりと知覚する予測に変化させた新しい局面が起こったのは21時15分を過ぎた頃であった。
 占拠されたテレビ局は市内の中心部に位置している。そこへ、少々のタイムラグはあるとはいえども東西南北全てのバリケードを突破した市民が押し寄せてきていた。当初はテレビ局を開放するために潜んでいた部隊の兵士達も、こうなってはその市民達の暴走を止める方に回らざるをえず、テレビ局まで500メートルといったところで、装甲車やジープなどをずらりと並べて突破を防いでいた。
 しかし、このまま手をこまねいているわけにも行かず、かといって待機以外の命令は出ていなかったので、市民達を収集するのは大変な重労働であった。この事件ののち、その場にいた一兵士は「いつ威嚇射撃を行っても不思議ではない状態」と、その時その場所の状態を指してこう証言している。
 とはいえ、戦自隊員や米軍兵士なども市民達と目的は同じであるため、極端な衝突は始まっていない。長引けばわからないが、といった状況が10分ほど経ち、市民達の限界が近づいてきていたときであった。
 1人の戦自隊員が、市民達に向かって拡声器を使って説得していた。我々はテロ対策用の特殊部隊である、ココはプロに任せてほしいと懇切丁寧にお願いするように語っていた。だが、血が頭に上った大半の人々はそれに耳を貸さず、そこをどけと叫び散らすだけである。じわりじわりと距離を詰めてきてもいた。それを見て、その隊員は何度目かの溜息をつき、もう一度語りかけようとハンドスピーカーを持ち直したときだった。
 世界が明るくなったと思ったその刹那、背後から明々と強烈な光が彼を包んだ。市民達も、悲鳴を上げながら顔を覆って目をそむけている。何事かと、その隊員が振り返ろうとしたときに大音響が彼の体を空気の壁となって襲いかかってきた。ビリビリとアスファルトすら振動させるその凄まじさに我を失いかけたが、すぐさまその音の正体が何であるか思い当たった。これに似た現象を、訓練や授業で習ったことがある。
「マズイ!」
 そう叫ぶ暇もあらばこそ、彼はとっさに地面に伏せようとした時、またもや彼の体を圧縮された空気が砂塵を伴って牙を剥いた。
 衝撃波だ……。
 クイッと体を前に引き寄せられたかと思うと、時速100キロを超えた空壁が彼の体を叩いていた。
 装甲車の重みでも耐えられず、横転する車両も出ていた。これのおかげで友軍にも下敷きになって潰されたなどの被害が出ているに違いなかった。
 対応をとっただけ、彼は幾分マシといえた。よろめきながらも、立ち上がれたのだから。
 この隊員が辺りを見回すと、人が折り重なって倒れているのが目に飛び込んでくる。そういう彼も立ち上がれるだけで、全身に覆ったであろう打撲でいつまた倒れてもおかしくはない状態であった。
 やや呆然と惨劇の中心に目を向ける。
 各所でも同じように自分と同じように見ている人間はいるんだろう、そう思う。
 だが、同じ思いを抱いている人間はどのくらいいるんだろうか、と思った。
 その爆発はテレビ局からだった。
 この爆発と爆風の中で、犯人達が無事だとは思えない。
 だが、それは同時に人質になった人々の死をも意味するのだ。
 生き残っている人を助けないと…。
 周りの人たちはとりあえずこのままでも大丈夫だろう。
 使命感にかられ、彼はゆっくりと歩き出した。足を引きずり、肩から滲んでいる血を押さえながら、黒煙を上げて炎が猛り狂うその中心へと向かって。










 爆発が起こった!
 オペレーターの悲鳴がかった報告は、松代の首脳部の背筋を寒くするには十分すぎる冷汗剤だった。
 市民の混乱を、既に把握していた彼らであったが、それが痛恨であったことは否めない。しかし、まさか無差別まで範囲を広げてこようとは、予測していなかった。
 そのための爆破が予告時間を早めて始まったのかと思い、ヒヤリとしたのである。
 青ざめる一同の中で、城山がオペレーターに詳しく報告するように云い、爆発したのは「テレビ局だけです」と聞くと、幕僚達は色を取り戻した。
「後味の悪い事件でしたな」と、すでに事件が終結したと決めつけたような口調で話す幕僚がいた。
「人質のことか?」
「はい、残念ながら、この爆発では生存者は絶望かと…」
 報告とほぼ同時に繋がった映像を見ながら部下の中の1人がそういった。まだ若いと言える容貌であった。階級章は三佐。
「確かに難しいかもしれん。だが、君は1つ考え違いをしている」
 城山は怒ったでもなく、淡々と云う。
「それは何でしょうか?」彼も純粋に尋ねた。
「まだこの事件は終わっていない、ということだ。敵は生きているぞ」
「え?」
 その城山の言葉は意外だったのだろう、三佐の他にも小さな驚きの声が上がった。
「何故判るのですか?」
「先ほどにも云ったが、戦闘には明確な意志が込められている。それを考慮してこの行動を分析したなら、敵は自爆するはずなどない。ここで自爆するために市民を集めたワケではないだろう。そこのあたりの理由を考えてみても、何も判らないのか?」
「私は読めたような気がします」
 そういったのは副官竹中であった。
「言ってみろ」
「敵は市民を引き寄せた理由はただ一つ、その大勢の人混みに紛れて逃走するため。そして、あの大爆発は人々を恐怖にたたき落とし、街から逃げ出すように煽動するため……」
「人質がシェルターに全員入っていることを祈るしかないだろうな」
 城山がぶっきらぼうにそう云った。竹中の考えは大筋で当たっているだろう。
 そこまでいって、ようやく幕僚達も気が付いたのである。司令官たる城山は常に後手に回るしかなく、やむをえず消極的な行動をとっていたのだと。先ほどの道路封鎖はそれを見越して打った手だったのかと、彼の能力を疑い始めていた人間も納得して気恥ずかしくなった。何て無能なんだ、と先ほどの三佐は落ち込んだ表情を浮かべてすらいた。
「もうまもなく市民達は我先にと中心部から市街地へ向かうはずだ。第三から第六大隊はそれを秩序だたせて誘導しろ。足りなければココから必要なだけ空輸するんだ」
「ハイ!」
「第一第二大隊は相当な痛手を覆っているはずだ。すぐに救援に迎え。それと米軍にも応援を頼め」
「了解!」
 にわかに活気づく司令部。
 有事にこそ働かねばならないのが彼らである。決して税金に寄生しているなどとは言わせないつもりで、彼らは働いているのだ。しかも、命をかけてまで。
 竹中は次々と報告や指示を処理し鮮やかな手腕を見せた。彼が城山を見たとき、彼は第3新東京市の地図を見ながら何かを考え込んでいた。
 おそらく、敵の次の行動を読んでいるのだろう。竹中はそう思った。
 それは当たっていた。
 だが、城山の顔はますます険しくなるばかりであった。
 彼が一点に見つめる場所。そこには中学校があった。
 彼が考えた作戦を実行すれば、恐らくこのあたりに敵を追い込むことになる。そこに人が残っていなければいいが、と思ったのだ。
「竹中、この場所にある中学校は避難場所になっているか?」
「え、いや、指定されていないようです」
 ならば、避難勧告が出て久しいこの時間帯では無人だろう。
「よし、温存していた戦力を全て使うぞ。米軍と戦自の特殊部隊は北1−4の地点に集結」
「はい!」
「私も現地へ向かう」
 そう宣言し、幕僚の1人に市民の混乱をまず収集する事それを最優先に、と命令をした。
 テントの外に向かった城山を竹中が追った。
 2人の前に、いつでも飛び立てるヘリコプターがローターの唸りを響かせて待機していた。










 城山の予言したとおり、民衆は我先にと来たときよりもさらに勢いと熱狂をもって市外へと向かっていた。大群衆である。誰かが転んでもそれを助け起こそうとするお人好しなど希有な存在でしかなく、95%を越える人たちは皆一概とは云えないまでも、爆発と死の恐怖を体いっぱいに抱え込み、あるいは背後からのしかかってくるような悪寒と戦いながら、自分が安全だと思えるところまで走ることを止めなかった。その中に紛れて、慌てふためく人々を冷たい目で見る人物がいた。
「まるでバファローの大群が移動しているようだな」
 サングラスとバンダナで目元と髪の毛の印象を変えているが、間違いなく彼はクラーク少佐だった。人の流れの中に身を任せ、泳ぐように人をかき分けながら目的地へと向かっていた。中心部から北北東へ、考え得る最短コースを辿りながら、クラークは1人小走りを続けていた。彼の部下一同、およそ30名が同じ目的地へと集結しているはずである。構成はテレビ局から脱出した約20名、その他潜伏や民衆を操るために潜り込ませたサクラたち10名などであった。
 クラークは走りながら思った。
 この街の夜は好きではない、と。
 彼以外の人間でも、同じように感じるだろう。蒸し返るような暑さと凪ぐ気配すら見せない無風の市中では、ヒートアイランド現象と混じり溶け合って、日中と変わらない気温のまま推移していた。
 クラークが常人と著しく異なる存在だと見る者に感じさせる証拠は、彼の額や首筋、鼻の先に一滴すら汗が光っていないことだろう。夜の闇が彼の風貌と、水分でしめって光ったりしない皮膚を隠してくれる。それに、外国籍の人間や肌の色が違う人々が決して少なくない街であるから、気がつかれることはまず無いと言っていい。
 決して急いでいるようには見えないにも関わらず、そのスピードは誰よりも速い。
 ランデブーポイントに彼が到着したとき、それでも彼が最後であった。爆発からまだ20分ほどしかたっていない。しかし、彼らが移動した距離は5キロを超えていた。
「集結は完了しているな?」
 クラークが息を切らすことなく尋ねたとき、返ってきたのは満足のいく結果であった。兵士たちの代表3名が自分たちのグループから一人の欠員も出ていない、全員いると報告がなされたからである。
「クライフ! 全員に支給される装備品のリストは配布済みだな?」
「はい、武器も受け渡しを始めています。これが少佐のリストです」
 一人の兵士が歩み出てクラークに一枚の紙を渡した。
 クラークがそれを確認する。それは出発前に、彼が部隊の配置や全員の特性を生かすためにどの装備をして作戦を行えばいいか、それを十分考慮して検討を重ねて作成したリストである。クラークにはハンドガン、無線機、暗視用スコープ、弾丸、サブマシンガン、手榴弾、そして防弾チョッキであった。
「よし、各員分乗は決められたとおりに。私が殿(しんがり)を務める。いくぞ!」
「イセス、サー!」
 全員からほぼ同時にその声が聞かれてクラークは満足そうに見渡した。これを誰かに誇りたいと思う欲がわいてきたが、それはこの作戦が完了した後でよかった。自分たちの優秀さを誇示するわけではないが、彼にはこの手の攪乱を使う作戦を行うならば、自分たちの右に出るものはいないと思っていた。
 ランデブーポイントは小さなドライブインのような場所だった。そこで、ライトバンやワゴン車、RV車などの思い思いの車がたくさん並び、兵士たちの半分はそれに乗り込み、残りの半分は大衆にまぎれる時に使った服装から完全武装の姿へと変身を完了して、一台の大型トラックの荷台に乗り込んだ。扉が閉められる。背後には真っ白であった。
 それは誰にもわからないに違いないが、新三菱信用金庫の向かい側に何かを下ろした、あのトラックだった。
 ジープを先頭に、メーカーも車種も点でバラバラの車たちが数珠繋ぎで次々と走り始める。トラックが行き、最後にクラークとオペレーター他3名を乗せた黒いセダンが動き始めると、少佐は一部への妨害電波を停止させた。それは、すぐに戦略自衛隊や米軍に察知されることになる。だが、それも彼のねらいなのか、彼は余裕を持った表情で助手席から空の星を見上げた。










 はじめから電波障害とネットワーク乗っ取りが起こらなかった、第3新東京市における唯一の場所――第一中学の図書室――からは光が消えていた。その代わりに理科室の灯がともっていた。もちろん、そこにいるのはシンジたち3人だが、先ほどより一人増えていた。その人物の名は加持リョウジという。彼はフリーのジャーナリストだと名乗った。
「さて、ここから動けないわけだが、今の君たちの心境は?」
 教科書を丸めてインタビュアーのようにマイクを向けるしぐさをとった。
「……何でそんなに落ち着いていられるんです?」
 シンジはハァ、とため息をつく。と同時に身震いも起こっている。
 先ほど、レイの手元から聞こえてきたニュースでテレビ局が大爆発、そして炎上をおこし、人質に取られていた人物の生存は絶望視されているという報道があったばかりなのである。電波障害と同時に、クラークたちが唯一映像車を出せた放送局は、ニュースを再開できるようになっていた。それを受信したのであるが、電波障害が起こっていること自体シンジたちは知らなかった。その原因は屋上に取り付けられている。加持がどこからか持ってきた携帯電話大の機械と特殊なブースターが、今も期待通りに動作していた。
 シンジたちがここに移ってきたのは、この目の前のジャーナリストがミサトの伝言だといって連れ出したからだった。といっても、校舎が隣に移るだけで別に大して影響はない。そのわずかな移動中に加持は不審がる子供たちに、自分の職業と、そして少しだけ過去を話した。
 いろいろ喋った最後にミサトの旧知の人間だと言って、ようやく警戒の色を子供たちの瞳から薄めることができた。
 隣では相変わらず5人が閉じこもって何かをしているが、音すら漏れてこない。窓と扉を閉め切ってしまえば、準備室はかなりの防音になるらしかった。加持は中でなにが行われているか知っているので、ミサトやリツコの声が一つも聞こえてこない事からそう予測している。それだけじゃないだろうとも思っていたが。
「僕たち、これからどうなるのかなぁ…」
 独り言のようにシンジはぼやいた。
「ひどい目に遭うさ。多分」
「えー、まだ何かあるんですかぁ〜」
 といったのはレイだが、アスカも顔ではげんなりしている様子だった。
「どうして加地さんはそう思うんですか?」
「カンだよ」
「勘?」
「そうさ。だが間違っちゃいないと思うね。恐らく、あのテロリストたちは逃亡するのにあるルートを通る」
「どこです、それ」
「ここさ」
 えっ、と3人が加持の顔を見た。
「あいつらは逃亡ルートをこの中学校の裏山を抜けていくコースにしているはずだ」
「どうしてそんなことがわかるんですか?」
 アスカが苛立たしげに云った。シンジのように青ざめる前に、彼女はどうしてそんなに目の前の大人が恐怖をあおっているのかが理不尽に感じた。そもそも、からかっているのかもしれない、とも頭の中で誰かが云っていた。
「これだよ」加持は逃げるでもなく、平然と受け止めた上でアタッシュケースの中からトランシーバーのような機械を取りだした。
 レイが興味深そうな目で見ていたのに気がついた加持は、
「これで殆どの電波が受信できる。民間軍用その他もろもろ何でもね。これで傍受して得た情報から結論を導くと、さっき言ったようなことになるのさ。詳しい説明がほしいかい?」
「いいです。でも、それじゃ勘じゃないんじゃないですか?」
「いや、碇シンジ君。やっぱりカンだよ。カンがあればこそ通信を傍受することができたわけだし、もし予感がなければないで、何の対策もなくその状況に対処しなくちゃいけなくなるところだったさ。この学校にいろいろ仕掛けを仕込んだ意味がなくなるのはさすがに癪だしな。ま、どうにかなるだろう」
 加持はさりげなくそう言ったので、シンジは危うく聞き逃すところだった。
「じゃあ、加持さんは逃げないんですか!?」
「逃げるに決まってるじゃないか」
 加持は苦笑した。
「とは言っても、向こうがこっちにやってくるのもいやだと思ったんで、ここへきたら迷い込むようにしてやった。君たちに被害は及ばないと思う」
 本当か、とシンジの目が云っていた。ジャーナリストと名乗る胡散臭い男にそういわれても説得力がない。ミサトが明日は早起きして生徒達より早く学校に来るとクラスで約束するのと同じくらいに。
「とにかく、葛城がもうすぐこっちに来るだろ。あいつにどうすればいいか聞いてごらん」
 シンジは頷いた。いま、信頼できる人物は彼らの担任ぐらいなのである。それにしても目の前の男はなぜこんなに落ち着いていられるのか、理解に苦しむところであった。
 それにしても、とシンジは思う。
 別の信頼できる人物はなにをしているのか解らないが、遅いとは思った。
 遅いよ、父さん母さん……。今どこでなにしてるんだよ…。




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