イム・ホー(厳浩)監督


天菩薩
1945年,抗日戦争を支援するアメリカ空軍の飛行機が,雲南省との境に近い四川省南部の涼山地区の山岳地帯に墜落した。落下傘で脱出したパイロットの身柄を引き取るため,未開の少数民族・イ族の村にやって来たジェームズ・ウッドは,ここが銀の産地であることを知り,一儲けしようとたくらんだが逆に捕らえられ,その後,約10年間奴隷として働かされていた,という実話を元にした作品。
1956年に,やっと奴隷の身を解かれた時,ウッドは,かつて同じ奴隷として愛し合っていたニウニウ(今は未亡人)とその連れ子の三人で幸せな家庭を築いていた。しかし,解放軍は,彼がスパイである可能性があるとして,国外退去させるため,家族との仲を引き裂き,無理やり重慶に連行していく・・・
新中国成立後も,奴隷を獲得するために部族間抗争を続けていた野蛮な未開民族が存在していたということには,驚かされた。解放軍が新中国成立後にチベットを始め各地で行った武力による少数民族征圧は,このような古い階級制度により抑圧されている人民を奴隷の身分から解放することを大義名分にしていた。奴隷解放という,その考え方自体は正しかったのだろう。ただ,やり方に多少問題があり,それを無条件に支持するという訳にはいかないが・・・
落下傘で降下し負傷していたパイロットを,イ族の村人が助けるのかと思いきや,奴隷として使い物にならないからと,あっさり殺してしまったのには唖然とした。パイロットの背中には「私は中国で日本軍と戦うアメリカ兵です。助けてください」と中国語で書かれた布を,わざわざ縫い付けてあったに・・・未開の民族に対してはこれでは何の役にも立たないんですね。
イ族の村人にとっては,アメリカも日本も中国も関係ないのです。その男が奴隷として使えるかどうかだけが価値の判断基準なのです。奴隷にされたウッドも,文明国のアメリカから来たということが尊敬の対象にはならず,家畜と同じくらいにしか扱ってもらえませんでした。
本木雅弘が主演した『中国の鳥人』も戦争中に空から少数民族の村に落ちてきたパイロットが住みついた村の話でしたが,とてもファンタジーっぽく描いてました。それに比べると,この映画は少し暗いなあ。
『天菩薩』という原題は,この地方の男性が前髪以外の髪の毛をそり落とした「仏の房(Buddha's Lock)」という髪型をしていることからきているのだろう。
(1986年中国・香港/監督:厳浩(イム・ホー)/2002.9.24video)
息子の告発(天国逆子)
息子が母親を殺人罪で告発する,それが是か非かを問うた作品。
厳格な教育者である父と無学ながら働き者で豆腐の製造販売を営む母に育てられた関建は,母の不倫発覚後に急死(変死)した父の死因をずっと怪しんでいた。父の死後,自分たち兄弟を捨てた母とその母と再婚した木こりの劉を憎みながら,都会で勤勉な青年に成長し夜間大学で刑法も学んだ彼は,10年前に起きた父の急死事件を母が不倫の目的で父を毒殺したものと確信し,警察に告発するというもの。
息子が告発したのは,正義(良心)のためか,復讐のためか。母の死刑判決を勝ち取った息子は,本当にそれで気が済んだのだろうか。
死刑の宣告を受けた母を刑務所に面会に行った息子は,母が,告発した自分を少しも恨んでいないことを知る。そして,「息子が告発したんだから控訴しないよ」と刑に服することを決めた母は,死刑執行までの短い期間に息子のためにと徹夜で編んだセーターを息子に渡す・・・
(1994年香港・中国長春映画製作所/監督:厳浩/出演:斯琴高娃/2000.4.5video)
太陽に暴かれて(太陽有耳)
1920年代,軍閥戦争の時代の中国北方のある貧しい農村。食べる物にも事欠いていた天佑(ティエンヨー)の家では,妻の油油(ヨーヨー)が剥ぎ取ってきた木の皮を食事にする毎日だった。ある日,木の皮を集めている最中に空腹のあまり気絶してしまった油油は,軍閥の中隊長・潘好(パンハオ)の家に運び込まれ,そこでマントウ(饅頭)を恵んでもらう。
それがきっかけとなり,その後,油油を目当てに何かと世話を焼いてくる潘好に対し,天佑は銀貨2枚と引き換えに油油を貸し出そうとする。最初は拒んでいた油油だが,その後,天佑が潘好に不始末をしでかしたこともあり,やむなく潘好の家に行く。いくら時代が時代といっても,生きるためなら妻を物か何かのように簡単に貸し出す夫がいるだろうか。そんな夫に一応腹を立てるが,それも生まれた時代のせいにして割り切れる妻も妻だ。
油油が想像していたのに反し,潘好は,夫の天佑とは違って自分をやさしく,人間として扱ってくれた。このため,村が国民党の陳(チェン)旅団長に包囲された時,油油は,夫とではなく潘好と共に逃げる道を選択する。その後,油油は,新政府をつくる野望に燃える潘好の男らしい魅力に次第に惹かれていき,彼の子を身篭り,潘好との生活になじんでいく。
一方,陳旅団長は,潘好が軍閥にいた時に奪っていた人質を解放させることを狙って,彼を連隊長として自分の部下に取り込もうと画策していた。妻を取られた天佑もこの機に乗じて国民党に入り,策略をめぐらして潘好を陥れようとしていた。そうした状況下で,間一髪の危機を乗り切った潘好は,逆にこの地方の内戦を収めて総司令官となる。
順風満帆で北京に攻め上ろうとする潘好を待っていたのは,予想だにしない油油の復讐だった。油油は,人質の中の一組の母娘にこっそり差し入れをしたりして陰ながら目をかけてやっていたが,潘好は,逃亡しようとして撃ち殺された母の傍で命乞いをしているその女の子に向かって,油油の見ている前で銃の引き金を引いた。それは,まもなく自分も一人の母親になろうとする油油にとって,絶対に許せないことだった。気分のすぐれない油油の機嫌を取ろうと,彼女を一緒に馬に乗せて遠乗りに出かけて行く潘好を待ち受けているラストシーンがとてもショッキングです。
(1996年長春映画製作所/監督:厳浩(イム・ホー)/出演:尤勇(パンハオ)/2002.1.9video)