「解体」まで
■前田典仁
[読売新聞松江支局記者]
![2階壁を引き剥がしていくところ(06/14[金]11:19撮影)。](pulldown/s_pd_maeda_01.jpg) |
2階壁を引き剥がしていくところ(06/14[金]撮影)。©前田典仁 |
切なくなるような青い空の下で、日ごとにかさを減らしていくモダンビル――。藤忠ビルの「消滅」までを振り返ると、そんな映画のひとこまのような、現実とも非現実とも思えない光景が、まず浮かぶ。入梅とともに本格化した解体作業は、雨を忘れた空模様も手伝って順調に進んだ。
作業は6月10日、大型重機で西側の壁を切り開くことから始まった。この壁は車庫や住宅があり、長らく見ることができなかった。2階に残る5つの窓は整然とし、端正さに改めて驚かされる。重機は通用口の辺りを大きく切り取った。70年余り建物を支えてきた鋼材は錆もなく、瑞々しいと言いたいくらいだ。さらに、メッセージを残した地下室は土砂で埋められ、永い眠りについた。
6月14日、2台の大型重機で、南西側屋根が大きく押し崩され始めた。「ひきちぎる」と表現した方がふさわしい。同日、商店街に面した1階壁を残し、建物は消えた。初めて外光を浴びた南東のアールは白く輝き、優雅にたたずんでいた。不謹慎だが、思わず「美しい」とうなりたくなった。
![光を浴びる1階アール(06/15[土]16:44撮影)。](pulldown/s_pd_maeda_02.jpg) |
光を浴びる1階アール(06/15[土]撮影)。©前田典仁 |
その最後の壁も、6月20日には引き倒された。7年前の阪神大震災で、私の故郷である神戸では、空襲や水害に耐えた1920年代のモダンビルが倒壊し、こうして取り壊された。その際さいなまれた「喪失感」がよみがえった。風景はそこに暮らす人のアイデンティティーを支える。これから、松江がどんな風景に変わって行くか。不安が少しよぎるのは、夢々しくない現実のためだろう。 |