グッバイニワカシネマパラディッソ
■平井亜紀
[まちかどシネマの夜 in 藤忠来場者/Tete De Bavard]
第4号/2002年02月25日発行
12月28日の事だったろうか。クリスマスイルミネーションの残る町並みに「Nuovo Cinema Paradiso」の看板を見つけた。そこは、あと少しで今まで刻んできた歴史に幕を降ろそうとしている藤忠ビル。
2001年の終わりと供に、昔の匂いを残すあのモダンな建物が無くなり行くのを惜しむ人々が作った「にわかシネマパラディッソ」である。かつて人々の唯一の娯楽であった映画館「Cinema Paradiso」。かつてはきっとモダン建築の先駆けで繁栄の象徴だったであろう藤忠ビル。変わり行く時代。無くなり行く昔の面影。そういうのはこれからもずっと繰り返される事だ。
でもせつない。一向に慣れる事無く。あたしは生まれも育ちも松江であり、生っ粋の松江人だけれど、正直なところ藤忠ビルの詳しいことは何も知らなかった。知っているのは藤忠前の歩行者用の信号機が赤と青が並列になっていて不思議だったことと、あの近くに昔は映画館があって親に「映画は目を悪くするから見ちゃダメ」と言われていたのに自転車でこっそり見に行った記憶があること、「カナモノ」とカタカナで書いてあるのをとてもかわいらしいと思っていたことくらいだ。
昔はお店であったらしい佇まいをしているけれど開いているのを見た記憶は無い。そのあたしにとっては不思議な場所が無くなると聞いたのは秋。それを惜しむ人たちが集まって絵画教室やらカフェやらダンスのイベントを行うようになり中身なんてまるできっとほとんど誰も知らなかったあの不思議な藤忠は今になって初めてとても魅力的な空間である事を主張し始めた。
ほぼ毎日あの前を車で通る私は、日々明らかに、藤忠が変わって行くのを楽しみに見ていたし、無くなりゆくものが最後に、現在を生きているそういう人たちの努力で再び血を通わせるのを不思議な気持ちで見ていた。
でも じきに消えてしまう。ほとんどの人がきっと藤忠の輝ける時を知っているわけじゃない。でもなぜかせつない。映画の中でアルフレードは都会に出るトトを「2度と帰ってくるな」といって送りだした。そして最後にとっておきのプレゼントをした。戻らない時間の一番素敵な記憶を。
藤忠へのオマージュとしての企画を通して、素敵な場所だったことを解らせてくれた人々の手によって息を吹き返したあの藤忠ビルもあたし達にこう言っているのかもしれない。
振り返るな、前をみろ と。
【まちかどシネマの夜
in 藤忠】 |