藤忠ビルプロジェクトの軌跡(4)
■高嶋敏展 [藤忠ビルプロジェクト実行委員会代表]
第4号/2002年02月25日発行
今月はちょっと余談、その後の藤忠ビルの話しを紹介したいと思います。
ビルが壊されるまで続けると言って始めた藤忠ビル通信ですが、はや4号目の発行となりました。いつまで続けられるのか(=いつビルが壊されるのか)、現時点でははっきりしたことはわかりません。できるだけ長く続けられたら良いのだけれど……。
1月に入ってからの藤忠ビルを僕らは寂しい気持ちで眺めて過ごしました。再び人気のなくなったビルが2度と扉を開くことはないと思うと憂鬱で悲しい気分になったのです。
ひとときの夢から覚めてしまった街は、かつてのよそよそしさを取り戻し、親しげな表情は見せてくれません。まるで最初からなにもなかったように古びれたビルが片隅にあるだけです。
藤忠ビルプロジェクトの活動も、4月2日から始まる「藤忠ビルプロジェクト報告会(仮称)」の準備と活動記録集の編纂に時間を取られはするものの、慌ただしく過ぎる日々が戻ってきています。
ところが、2月に入って突如として「ギャラリーFebruary(英語で2月のこと)」なるものが藤忠ビルに出現しました。
藤忠ビルプロジェクトに共感し、引き続いて藤忠ビルでイベントを開きたいとおっしゃる方々で、松江市内の主婦を中心にしたグループです。みなさんハイソサエティー! 「紅茶にむちゃむちゃ凝ってます」「写真にかなりはまってます」「主人が彫刻家で私は陶芸をやってますの、ホホホ〜」など文化人が集まっております。
事の発端は県立美術館(出会いが美術館なところからすでに違う!)で代表の高橋香苗さんに偶然会ったところから始まります。ご主人の高橋正訓先生(島根大学教育学部美術研究室)にはさんざんお世話になっていたのですが、高橋さんとの面識は数回お会いしたことがあるだけでした。もろもろの世間話の中で「グループ展をした古民家風のギャラリーが閉店してしまった」「松江市内では作品を発表する手頃な場所がない」などもの作りをする人間に共通する悩みをおっしゃいます。
藤忠ビルは、当初ギャラリー兼アトリエとして使おうかと思っていたくらいでしたので、高橋さんの気持ちはとてもよくわかりました。
「藤忠ビルでなにかされたらいかがですか」と言ってみますと「やろうかしら」などとこともなげに答えられます。まあ、社交辞令であろうなとその日は別れたのですが後日「私は本気です!」と電話をいただきびっくりしました。
しかし、びっくりするのはまだ早かった。彼女達の本当のすごさを僕が知るのはそれからなのです。
床の色が気に入らないとなれば、床のシートをはがすところから始まります。
4、5人ではがしてみたのですが、まるではがれない、これでは労働力が足りないと心配していると、ディスプレイ用の木材を持ってきた工務店さんや、取材に来ていたテレビ局、そんな大変な事はやめた方がいいと説得に来た近所の建築事務所(IMUの山根さん、金坂さんごくろうさま、ミイラ取りがミイラになったとはあなた方のことです)など次々と人間が巻き込まれ、床はがしを手伝わされます。
シートをはがすだけで結局丸1日かかりました。
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床はがしを手伝う人々 |
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「ライトがおしゃれじゃないわね」と言っていると、通りの向こうのビル解体現場で、高橋さんの自宅を担当した電気屋さんが偶然仕事をしていらしゃる。「音楽がラジカセでは良くないですね、高嶋さん先月はどうしたの?」と聞かれると「いや〜自宅のオーディオを……」という話になって結局……。とまあこんな感じで物事が進んでいく訳です。かたわらではこだわりのマダム達の「紅茶はアッサムがよいかしら」「お花をテーブルごとに飾りましょう、窓のそばがいいですね」など会話が繰り広げられていくのです。
そこからの藤忠ビルの変身は見事でした。なにもない空間が見る見る変身をとげていいきます。
イギリスのアンティークがショーウインドに飾られ、友人知人が持ち寄ったテーブルやイスでくつろげ、有名、無名を問わずセレクトされた作品が飾られ、こだわりの紅茶がいつでも飲める。藤忠ビルは松江で最も有名なカフェ&ギャラリーになっています。
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「February」で憩う |
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私たちのプロジェクトの時は、通常のビル開放時間は火曜夜と土曜午後でしたが、今回は基本的に昼間、11時〜17時になったことから、訪れる方の層に変化が見られます。昼間にしか外出できないお年寄りや奥様方のひとときの憩い、泉のような場所になっています。
よく「主婦のパワーはすごい」と雑誌などで紹介されることがありますが、「ギャラリーFebruary」のみなさんは「主婦のパワー」という言葉ではかたづかないものを持っているように思います。それぞれに藤忠ビルに想いをもって、その建物の空間を精一杯楽しんでいらっしゃいます。「藤忠ビルでおいしい紅茶が飲みたい」のではなく「藤忠ビルにはおいしい紅茶がふさわしい、おいしい紅茶でなければならぬ」と考える、特別な感性の人達が集まっているようなのです。
空間が人を選ぶとよくいわれています。Februaryのみなさんは藤忠ビルに選ばれたのかもしれません。
高橋さんは藤忠ビルプロジェクトのおまけや続きの感覚でギャラリーをやりたいとおっしゃってくださったのですが、「藤忠ビルプロジェクトは前座になっちゃたね」とプロジェクトの仲間達は笑っています。
藤忠ビルプロジェクトの3ヶ月は、いつ芽がでるかわからない種を精一杯、街にまいたつもりでいます。何かの切っ掛けになれば、ヒントになれば、励みになれば、そんな気持ちを抱えつつ、試行錯誤を繰り返したように思います。
種の1つが美しく芽を出してくれた、そんな気持ちを持つことは少々うぬぼれているようにも思いますが、その後の藤忠ビルを僕らは楽しく見つめ続けています。
【ギャラリーFebruary】 |